ゆとりニートの日記

理系院卒⇛就職⇛1年で退社。ノースキルでノージョブなゆとり世代ニートの日記。

外出するだけで異様に疲れる

外出するだけで疲れる。

部屋の外に出るだけで、たいして動いていなくても疲れてしまう。

他の人を見てると、皆よく疲れないなぁと思う。

 

ちょっとコンビニで買い物をするとかでも結構疲れる。

心も身体も疲れる。

疲れるので、外から部屋に戻るとその後1時間くらいは何も手につかなくなる。

 

 

友人と外で遊ぶと、大抵私が先に疲れて足取りが重くなる。

例えばショッピングモールとかフォーラスみたいな商業施設で時間を潰すことになったときなんて、ほんの一区画くらいしか見て回ってないのにすぐエスカレーター近くのベンチに座って休みたくなってしまう。

疲れると、話しかけられても返事がだんだん適当になってしまう。

自分でもそれに気づくので、申し訳なくなって自己嫌悪に陥る。

他の人はよく元気にぐるぐる回れるなぁと思う。すごい。

 

止まったり歩いたりの繰り返しに向いていない身体なのかもしれない。

ずっと歩いてる分には、わりと体力もつ気がするし。

いや、思えばただ立っているだけというのも苦手で、すぐに脚を組んだり重心を入れ替えるので、単純に立ちっぱなしの状態が不得意なのかもしれない。

きっと私にとって外に出て用事を済ますことは、軽く連続ダッシュをしているようなものなのかもしれない。

 

精神的にも外に出ると疲れる。なんか情報量が多い。

部屋は自分以外動くものがないし見知ったものしかないのに対して、外は見慣れないものが平気で自由に動き回っている。

そもそも自分以外の意識をもった生命体が近くを通過していくなんて、疲れないはずがない。

観光地なんて最悪で、頭を抱えたくなってしまう。目に入る情報量もそうだけど、聞こえてくる言葉にいちいち聞き耳を立てたり心の中で反応してしまい、うわあああとなる。心を横断されてバチャバチャ波が立つような感覚だ。

 

人間はひとりひとり自分の領空みたいなものをもっているような気がする。自分の領空と他の人の領空が遠慮無く被さっていく感じがすると、それだけで疲れる。しかも、相手はそんな感覚をもっていないので、私が一方的にボロボロになるだけだ。

 

外国にいくと、日本語以外の言語が聞こえてくるので、精神的にはあまり疲れなくなる。聞こえる会話が意思をもった言葉というよりも、木々のざわめきとかに近く感じるんだと思う。

日本の空港につくと、これみよがしに日本語が聞こえてきて最悪の気分になる。

だから私は英語はあんまり分からないままでいいやと思っている。

 

とにかく、外に出ると疲れる。

で、例えば散歩とか外に出ること自体が目的のときは全然構わないんだけど、ちょっと遠くに用があるときや、次の予定まで外で時間を潰す必要があるときなんかは、この体質は困ってしまう。

会社の通勤や学校の通学なんかも最悪だった。

大学ではほとんど1限に出席しなかったけど、それは朝に弱かったのと、1限開始前のキャンパス付近の道路が大学生の群れで埋め尽くされ同じ方向を目指し蠢いてるのが耐えられなかったからだ。そのおかげで、私は機械科卒なのに4力(リキ)のひとつといわれる機械力学の単位をとらずに卒業した。そんな奴いるのかとよく言われたが、それで卒業できてしまう大学側に言ってくれという感じだ。

 

話がずれたが、とにかく今日は新潟県立近代美術館で開催中の会田誠展にいってきて疲れたという日記だ。